2004年京都新緑の旅

2004年5月3日(月)〜5日(水)

 2日目の御室仁和寺で、やっと新緑の5月を満喫することができました。仁和寺は後に御室桜でもお世話になます。私たち夫婦には相性のいいお寺なのでしょうね。

 仁和寺よさらば!できれば、また違う季節の中で会おうではありませんか!いつか、真夏の祭の季節に来てみたいなあ。

 司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」を初めて学生時代に読んだとき、心の中に稲妻が走るのを感じました。それまでは大して本らしい本を読んだことがなかった私に、大学の先輩が是非読んでみろと勧めてくれたのです。日本史が苦手だった私は、次々に登場する難しい名前に最初こそ振り回されましたが、そのうち普通の小説を読むようにのめり込んでいきました。そして、全てを読み終わった後思ったのです、「男として生きると言うことはどういうことなのか」私がそれまで考えたこともなかった命題でした。男として生きる。この世に役立つことの為に命を賭けて生き抜くこと、それが男としての生き方なのかと思うと、血が煮えたぎるような気がしたものです。
 あのときの感動は今も胸の中に残っています。どうせ生きるなら、何か大きな目標に向かって前のめりに倒れたい。そう言う気持ちは常に心のどこかにあるのですが、さすがに年齢がいってくると、生き方がずるくなるようです。もう少し若い頃に、正義感に燃えて県教委と闘い破れたトラウマがある自分は、恐らくはもう権威とは闘わないでしょう。これ以上家族に迷惑をかけたくはないからです。でも、ここという場面に出くわしたときも、熱い思いを我慢していることができるかどうか、それに関しては自信がありません。クビになるような反抗はしないとは思いますけどね。
 京都にいくと、そういう計算を度外視した志士たちの思いがあふれているようで、心地よさを覚えます。それにしても、みんなあまりに若くして死んでしまったのですね。彼らが長生きしていれば日本の将来はもう少しまともなものになったでしょうに。

 同志社大学の学生食堂「寒梅館」のお料理はいかがですか?これで1,000円などとてもいかないのですから、大変お得です。それにものすごくおいしいんですよ。食堂の中も驚くほどきれいですし、近くに行ったらぜひお勧めの一店です。

 2日目はずいぶんと駆け足で移動したようです。でも、残念なことに一日中雨だったのですね。そのために光の量が不足してどうしても写真撮影に支障を来しました。そんなに優秀なカメラではないので、ぜひ三日目は晴れてもらいたいと思っていたことでしょう。岡崎神社を足早に後にして、私たちは円山公園に向かいました。坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像を見るためです。もちろん、公園にある有名な枝垂れ桜の姿も見たいと思いました。花びらの散った枝垂れ桜は、やはり寂しい感じがしました。もう長年人々の目を楽しませてきたこの枝垂れ桜にも、老いが迫っているようです。どうか、少しでも元気で長生きしてくれますように。やはりピンぼけではありますが、最後の夜景はきれいでしょう?私は京都の夜景の中に浮かぶブルーのランプが好きなのです。飛行場の滑走路に浮かぶランプと同じ色だからです。幻想的ですよね。

 私たちが最初にバスで向かったのは、銀閣寺でした。いつも京都を旅することには、めったに訪れることがない場所です。しかしながら、私たちの好みからすれば、きらびやかな金閣寺より、わびさびの世界の銀閣寺の方がぴったり合っているかも知れません。それでは、入場料を払って境内に入ってみましょう。

 どこで食べたのか、美味しそうな中華料理ですね。どうやら、中華料理一品とラーメンのセットを頼んだようです。記憶にはっきり残ってはいなのですが、ホテルの近くに美味しい中華料理屋を見つけたのでしょうか。腹すかしの私のことですから、美味しいものを求めてあちこちさまよったはずもなく、きっと妻にせがんで一番最初に見つけたお店に決めたに違いありません。京都は食べ物屋を探すのに苦労する場所ではありませんが、所によってはあまり見つからないこともあるので、要注意!

 相国寺はお休みでしたが、佳代子の魅力が通じたのが、住職さんは天皇のお墓に参拝することを特別に許可してくれました。私だけだったら同じようなサービスを受けられたのかどうか。まったく妻は得な存在です。
 さあ、お腹がすいたところで、いよいよ同志社大学の「寒梅館」に移動するぞ!

 3日目の朝は、雨は降っていませんでしたが、どんよりと曇り空。今日こそは晴天に恵まれますようにと祈りながら、ホテルフジタ京都のバイキング形式の朝食をお腹いっぱい楽しませてもらいました。この朝食がまた実にうまい!だから、普段は小食の妻でさえ、あれこれたくさんトレイに乗せてきてしまう始末です。私などは、妻の二倍くらいは食べますね。とにかく美味しいので、決して残すことはありません。また食べたいなあ…。
 今日はこれから洛北方面に向かいます。最初は相国寺。日本百選に選ばれている名水で有名な場所なのですが、後から知ったことには今日はお休みだったのです。その代わり、近くの同志社大学の学食「寒梅館」を発見しました。ここがまたものすごく美味しくて値段も安いのです。妻と二人でまた必ず行こうと誓っています。

 いよいよ関東に帰って参りました。今回は小田原駅を使わずに、新横浜駅を使ったのですね。確かにその方が新幹線「のぞみ」が使えるから、大幅な時間短縮にはなるのかも。でも、よく計算してみないとわかりません。小田原までのこだまだと、3時間はかかりますが、小田原からJR東海道線で茅ヶ崎駅までたったの25分です。新横浜からだと、横浜から乗り換えてJR東海道線で茅ヶ崎駅まで通算45分ほど。ほらね、どっちもどっちでしょう?ただ、新幹線の中の私の表情を見るとわかるように、新幹線に乗っている時間が短ければ、その分ストレスは減るようです。
 雨にたたられた今回の旅。妻が晴れ女なので、雨に降られるのは珍しいのですが、それ以上に私が雨男だったのかも知れません。それでも、詩仙堂のすがすがしさと、銀閣寺の静寂、同じく相国寺の静寂と仁和寺の新緑、そして京都の夜の光景。楽しいことが満載のいい旅でした。何たって、3月の下旬に「お花見の旅」をしたばかりで、1ヶ月後に「新緑の旅」に出てしまうと言うのですから、私たちの行動力も大したものです。この年に修学旅行があたっていたら、大変でしたね。
 
 京都は何度行っても飽き足らない街です。私などは、修学旅行の引率も含めてもう20回以上旅をしています。また、すぐに会えることを祈って今回の記録のペンを置きたいと思います。(完)

 岡崎神社の写真もたくさん撮ったのですが、なぜか全てピントが合っておりません。「撮影してはいけないよ」ということなのでしょうか。私たち夫婦には子供がおりませんが、そのためにこの岡崎神社を訪ねたわけではありません。しかし、詩仙堂から白川通りをバスで降りてきて、なぜこの岡崎神社に足を運んだのかはよく覚えていないのです。
 そのうち、訪問の理由を思い出すかも知れません。そのときには、またここに加筆することにしましょう。

 ここまでが二日目最初の訪問地である「詩仙堂」です。詩仙堂は5月の皐とツツジの時期が素晴らしいはずなのですが、時期的に少し早すぎたのかその逆なのか。雨も降っていたために、きれいな緑の庭園を映像に収めることができませんでした。
 私は、詩仙堂の広間から庭を見つめる光景を、自作のある小説に取り入れました。いじめに悩む妹を連れたお姉ちゃんが、わざわざ京都の詩仙堂まで妹を連れてくるという設定でした。この素晴らしい景色を見ていると、嫌なことはすっかりと忘れてしまう、そんなメッセージが込められていたのだと思います。
 残念なのは、光量が足りなくて美しい苔の写真が上手に撮れなかったことです。3枚ほど撮影した画像は全てピンぼけでした。本当に美しい色合いの、まるで宮崎駿さんの作品に出てくるような、見事な苔だったのです。今度また詩仙堂を訪れる機会があったら、または大原三千院まで足を伸ばすチャンスがあったなら、ぜひ美しい苔の写真を撮ってきたいと思います。さあ、次は岡崎神社まで行きますよ。

 初日は銀閣寺にしか行かなかったのでしょうか。それでも、いつもはなかなか見ることがない銀閣寺の裏手にあるきれいな新緑の森林と、そこから眺めた銀閣寺の姿を撮影できたことは幸運でした。やはり、銀閣寺は渋い魅力のある古刹です。経済的な困難から銀箔を貼ることを断念したと言われる足利義政公ですが、かえってそれが幸いした形になりました。
 京都市役所前の夜景と鴨川の夜景は、カメラマンの腕不足から満足のいく出来映えにはなりませんでしたが、雰囲気だけはお伝えすることができたのではないでしょうか。ここに暴走族の騒音が鳴り響くのかと思うと、興ざめですけどね。

 今回は「京都新緑の旅」と題した旅行です。ところが、資料は2004年5月ですから、今から6年前のもの。ですから、記述には不正確な部分があるかも知れませんが、どうかお許し下さいませ。この年は、3月下旬にも「お花見の旅」と称して京都を旅行していますから、ずいぶん豪勢な年だったのでしょう。私の顔を見ると、不健康に太っているのが見て取れます。実際にはこの頃から糖尿病を患っていたのではないでしょうか。今現在は治療しているのですが、もっと早く気付けば良かったと思っています。妻は痩せていて健康そうですね。
 このときは、私たちがひいきにしている「ホテルフジタ京都」に宿泊しました。夜寝ているときでも、鴨川のせせらぎがやさしく聞こえてくる最高のホテルです。